気づいたあと

言葉責めが好きだと気づいたとき

好きかもしれないと気づいたあと、多くの人がまず「これはおかしいのか」を確かめようとします。ただこの問いは調べても答えが出ません。出ない理由と、代わりに考えたほうがいいことを書きます。

「おかしいか」に答えが出ない理由

検索して出てくるのは、作品の紹介か、やり方の解説か、体験談です。どれも「どのくらいの人がそうなのか」には答えていません。この種類の好みは統計として集まらないので、比較する材料がそもそも存在しないためです。

そして材料がないまま探し続けると、たまたま見つけた極端な例が基準になってしまいます。作品として作られたものは強い描写ほど目立つので、それを平均だと感じると自分の位置を見誤ります。

答えの出ない問いを置いて、代わりに「自分はどの方向が好きなのか」を見るほうが実用的です。褒められるのが好きなのか、待たされるのが好きなのか、任せるのが好きなのかで、必要なものが変わります。

好きの中身を分けてみる

「言葉責めが好き」とひとことで言っても、実際に好きな部分は人によって違います。分けてみると、思っていたより穏やかな範囲に収まることが多いものです。

  • 言葉があること自体が好き(無言だと落ち着かない)
  • 褒められることが好き(肯定が欲しい)
  • 待たされることが好き(焦らしの時間が好き)
  • 任せられることが好き(考えなくていい状態が好き)
  • 強い言葉そのものが好き(数としては少数)

上の4つは、性的な文脈を外しても成り立つ好みです。言葉責めという名前がついているために特別に見えるだけで、中身は日常の好みの延長にあります。

作品で好きなことと、現実で望むことは別

音声作品や小説で好きだったものが、そのまま現実で望むものとは限りません。ここを同じだと考えると、実際に試したときに戸惑うことになります。

作品では、相手の機嫌を気にしなくてよく、途中で止める必要がなく、翌日以降の関係にも影響しません。つまり安全が確保された状態で刺激だけを受け取れます。現実ではこの3つがすべて外れるので、同じ強さでも重く感じられます。

だから「作品では好きだったのに、実際は苦手だった」というのは矛盾ではありません。逆に、作品では物足りなかったのに現実では十分だった、ということも起こります。どちらも普通のことです。

相手にどこまで話すか

全部を説明する必要はありません。相手が必要としているのは、あなたの好みの分析ではなく「何をすればいいか」の1つか2つです。

打ち明け話として重く始めると、相手も重く受け取ります。軽く1つ渡して、反応を見てから足すほうが、結果的に多く伝わります。

話し方に迷うときは、彼氏への切り出し方に場面別の言い方を並べています。

「いつから好きだったのか分からない」というのも、よく引っかかるところです。きっかけを思い出せないと、本当に好きなのか自信が持てなくなります。ただ、この種類の好みは特定の出来事から始まるとは限りません。読んだもの、聞いたもの、想像したことが少しずつ積み上がって、あるとき自覚に変わる形のほうが一般的です。

きっかけが説明できることは、好みが本物である条件ではありません。説明できないまま好きでいて構いません。

よくある質問

言葉責めが好きなのはおかしいですか?

この種類の好みは統計として集まらないため、比較する材料自体がありません。おかしいかどうかより、自分がどの方向を好きなのかを見るほうが実用的です。

強い言葉が好きなわけではないのですが、好きと言えますか?

言えます。褒められること、待たされること、任せられることが好きな人のほうが多く、強い言葉そのものを求める人は少数です。

相手にどこまで話すべきですか?

全部を説明する必要はありません。相手が必要としているのは、してほしいことの1つか2つです。

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